底なし宝箱

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Mission 19

今の君は、その事故の後にスフィア上で作られたもう一つのキミだ。オリジナルのキミはもうこの世にいない、今のキミは計画のためだけに生かされている存在なんだ――――


基地の待機所、そこに置かれた安物のソファにパイロットスーツのまま寝転んで、クリスはその言葉を反芻していた。
壁側に置かれた液晶端末からはニュースが流れていたが、クリスの視線は天井へと向けられている。
唐突にドアが開いて、ユウが部屋に入ってきた。クリスはソファから跳ね起きると、慌てて敬礼しようとした。
ユウはそれを遮ると、無造作に置かれている一人がけのイスの一つに腰を下ろした
クリスもソファに腰を下ろす。

「ニューコムから連絡があった、今日中に少尉の検査を行うとの事だ」
「そう……ですか」

クリスはそれだけ言って、視線を床へとおろした。

「何があったから知らないが…………疲れているなら無理するな」

ユウはそう言って立ち上がった。

「検査は一時間後、11時からだ――――それまで休んどけよ」

そして、ユウは部屋を後にした。クリスは視線を上へ、窓の向こうへと向けて、再び考え始めた。


信じられない―――というより信じたくなかった。
だが、そう考えるとつじつまが合う気がした。ファーバンティで敵の接近に気づいたのも、今まで見てきた妙な過去の悪夢も、そして、自分と同じ名字の博士の妙な検査も――――――
そこまで考えて、クリスは立ち上がった。
博士なら何か知っているかもしれない、あの事が事実なのか、あるいは―――
その先を意図的に考えないようにして、クリスは部屋を後にした。
未だ時間はあったが、今は一刻も早く事実が知りたかった。

格納庫脇の待機所から出て、駐機場を横切っていると、クリスの愛機の正面にニューコムの輸送機が止まっているのが見えた。その傍らには三機の護衛機が同じように止められ、その周囲にはライフルで武装したNEU隊員の姿がある。
護衛機の三機の内、一機だけが異なる姿で、それは深紅に染められていた。周囲にはパイロットの姿はない。

「雪花が来てるのか……」

小さく呟いて、そして指定された建物へと急ぐ。

「早かったわね」

博士はそう言って、部屋にクリスを招き入れた。
部屋には検査用のヘッドセットが備わったイスや、各種の器材が既に運び込まれ、デスクの上には、既に起動している端末がある。

「博士こそ、ずいぶん早いですね」
「元々この検査は計画されてたから………じゃ、始めるわよ」

博士はそう言って、イスに腰掛けたクリスにヘッドセットを填め、そしてケーブルの付いたグローブを填めるように促す。


「今の君は、その事故の後にスフィア上で作られたもう一つのキミだ。オリジナルのキミはもうこの世にいない、今のキミは計画のためだけに生かされている存在なんだ――――」

検査が始まって少しして、クリスはそう言った。

「なに?映画か何かのセリフ?」
「今日遭遇した敵に、こう言われたんです」

それを聞いた博士の手が一瞬止まるのが、気配で分かった。

「そう」

そして、再びキーボードを叩く音が聞こえる。

「聞きたい事があるんです、教えてくれませんか」
「この機械に関する事なら企業機密よ」

そう言った直後、何かを叩き付ける音が響き、画面にエラーを示す表示が浮かび上がった。博士が振り向くと、クリスがヘッドセットを床に捨て、グローブを外しながら立っていた。

「ふざけないで下さい」

そういって、クリスはグローブを床に捨てた。エラー表示が画面に増えたが、博士はそれを見ていない。

「オリジナルのオレはもうこの世にいない、今のオレは作られたものだ―――――今日、ついさっき遭遇した敵にいわれた事です」
「聞きたい事というのはその事?」

クリスがかすかに肯く。

「―――――言っても良いけど、それを信じるかどうかはあなた次第よ」

そういって、博士は話し出した。

「今から九年前、プロジェクトの一環として行われた飛行で、支援任務に就いていた空中司令機がエラーを起こした。

司令機に搭載されている各種の支援コンピューターは暴走し、そしてダイレクトにコフィンと接続されている被験者に大量の情報を送り込んだ。

被験者はその情報圧力に耐え切れず脳死状態となり、そしてコフィンは墜落。その時の被験者があなたよ。」

クリスは、それを静かに聞いている。



「私たちは焦ったわ、ここであなたを失っては子供殺しとして避難されるばかりか、計画そのものが消滅しかねない、かといってデッドコピーをヒト脳に移植す
る技術なんてものはないし、ましてや人格をプログラムすることも不可能――――私たちが諦めかけていたとき、彼が話しを持ち掛けて来たの。



彼はその技術を提供する代りに、あなたデッドコピーに若干の変更をなすことを要求して来た、私はそれを飲んだわ、他に方法が無かったしね。



そして、今のあなたが生れた。彼が成した“変更”というのはわからなかったけど、私たちはそれよりもあなたを現役復帰させるのに必死だったから。



――――これが、私の知っているあなたの全てよ」



博士はそう言って、クリスと目線を合わせた。



「オリジナルが死んだというのは見方によっては正しいけど、今のあなたは、かつてのあなたのデッドコピーから発展していったものなの、だから、今のあなたはあなた自身であるといって間違いないわ」

「つまり、元は同じだから何も変わらないと」

「要約するとそういう事」



クリスはそれを聞いて、黙り込んだ。



「あなたがこれ以上の事を望むなら、彼のところへ行く事ね」



博士は言葉を区切り、そして続ける。



「今のあなたに手を加えた、アビサル・ディジョンの元へ」



月明りに、駐機場が照らされている。

夜闇を切り裂いて辺りを照らしいてたライトは消され、今は月明りが周囲を照らしていた。

クリスは駐機場の愛機の傍らで、コンクリートの地面に腰掛けて月を見上げていた。

未だ信じられなかった。

嘘かもしれないと思っていたが、同時にそれが真実であるかもしれないという思いが脳裏にあった



「わかんねーよ………こんな事」



呟き、そしてコンクリートの地面に仰向けに寝転がって目を閉じる。

何もかも投げ出したかった。



「何してんの?」



頭上から、少女の声が聞こえた。目を開けると、ニューコムの青いパイロットツに身を包んだ少女がいた。瞳は琥珀色で、紅いバンダナを頭に巻いている。



「雪花か………」



クリスは呟いて起上がった。雪花もその隣に腰掛ける。



「どうしたの、なんか思いつめてたみたいだけど」

「別に、何でもね―よ」

「そう、なら良いけど」



すこしの沈黙、その間に、雪花は手にしていた紅茶の缶を開けて、それを一口すすった。



「なぁ」

「なに?」

「自分に関する悩みがあって、考えても、他人に話してみても答えが見つからないとき、どうすれば良いと思う」

「そーねー」



雪花はそう言って、少しの間考え込んだ。



「ただ考えるだけじゃなくて、少し行動してみれば、そしたら何か答えが出るかも」

「行動してみれば、か…………」



先ほどよりも長い沈黙が、二人の間に降りた。雪花がクリスの顔を見ようとしたとき、クリスが沈黙を破った。

「今、オレがなにしても抵抗するなよ」

「え…………」



雪花がその言葉の意味を理解する前に、クリスは立ちあがろうとしていた。その動作が妙にゆっくりと見える。

自分の頭の中が真っ白になるのがわかった。

周囲には誰もいないし、ここで声を上げてしまっても―――いや、声を出したとしても誰かが気づくとは思えない。等と思考を巡らす内にクリスは立ち上がり、そして―――――雪花の傍らを通りすぎ、ラダーを上り、コックピットに収まった。

エンジンが動き出し、インテイク向けて空気が流れ出す。



「ちょっ―――――クリス!」



雪花はそう言って、ラダーを上ってコックピットを覗き込んだ。



「抵抗しないって言ったろ」



クリスはHUDに映された、機体状況を示す画面に目配せしながら言った。



「確かにそうだけど………なにする気なの!」



高まる甲高いエンジン音の中、それに負けないよう大声で雪花が言う。クリスは雪花の方を向いて、目線を合わせた。



「行動してみる――――それだけだよ!」



クリスがそう言うと、頭部を覆うHUDの表示が離陸前のチェック画面から、実戦時のソレへと変わる。

それと共に甲高いエンジン音が更に大きくなり、空気の流れが強さを増す。

雪花はクリスを見たまま、一瞬ためらった後ラダーから飛び降りて、そして安全なエリアへと駆け出していった。

背後でコフィンが進み出す音がする。振り向くと、クリスのコフィンが滑走路へと進み出、そして飛立とうとするのが見えた。

エンジン音が響くと共に青い炎が一際大きくなり、そして黒い翼の妖精、アリエルが飛立った。

轟音と風が収まり、やがてエンジンの炎も見えなくなる。



「何なのよ……………もう!」



雪花の声が、無人の駐機場に響いた。

濱霧 緑炎さん
01.20.AM 更新