底なし宝箱

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今日も 明日も 明後日も

今日も微かな振動の中で目覚めた
エンジン音が特殊な環境で寝起きする自分を自覚させてくれる

永続的な低いエンジン音
時々鳴り響く甲高いエンジン音

 「おはよう、ユイ」

そう言って彼は何時もどおりの私を起こしに来る
教官兼彼氏の優しい人

冷たい手で私の頬を撫でてくれる
冷たい手で私の額を冷ましてくれる
冷たい手
何時も私を冷ましてくれる

友達がいなくなった時
大会で負けてしまった時
上司に怒られた時
何時も
何時も
その冷たい手が私を冷静にさせる
だからこそ私は彼から離れられない

 「もう十時、急がないとな」

笑顔の彼に笑顔で答えた

彼の手と同じくらい冷たい水が私を冷ましてくれる
快適ながらも広くは無いシャワー室の一番奥
唯一の女性である私用にカーテンで仕切られている
私の利用する私だけのエリア

数分だけ何も考えず水を浴びる
流れ落ちる水滴に何の関心も沸かない
数分だけ静かにシャワーのヘッドに顔を向けていた

普段からの日課と言うべきか
ここで何時もの自分に戻る

睡眠で落ちた思考能力を復活させながら

 「おはよう」

 「おはようございます」

私の整備担当を受け持つジェイが疲れた目をして返事をした
まだ若い彼
今回の出航が初の任務だと精力的に頑張っている
私も見習うべきかもしれない

近づくと共にハッチが開かれる
エアの音が響き中の計器に明かりが灯る
まるで蘇った様だ

体をコクピットに滑りこませハッチを閉じる
面倒な事を実行する必要は無い
システムは立ち上がりエンジンを起こすだけ

左のキーを回した
ベッドの上で聞く甲高い咆哮

右のキーを回した
ベッドの上で聞く攻撃的な音

 『コントロールよりネイキッド04、離艦準備は整いましたか?』

エアブレーキを解除
ギアブレーキも解除

 「OKです」

 『では射出します。楽しい空の旅を』

私の愛機を掴んだアームが蒼い機体を外へ投げ出した
勢いに乗り機体は空を漂う

絶対の憧れで有るニューコム戦闘機の中
何時も
何時も
私は此処で私を自覚する

 「お疲れ様」

シャワーを浴び待機所に戻って来ると別のパイロットが出迎えた
私も同じパイロットとして彼に返事をする

それから室内を見回した
彼が居た
こちらを見つけ手を振る

向いの男は嫌そうな顔をした
だが本当に嫌いな訳じゃ無い
彼は私達への冷やかしだと言っていた
向かいの男も他のクルー達も私達を知っている
私達を認めてくれている

待機所で最高のエリアに腰を下ろす
勿論彼の隣
彼も苦笑いしながら止めようとは思わない

優しい笑顔で肩を抱き寄せてくれる
冷たい
だからこそ私は冷静でいられる

向いの男も知っている
彼の絶対的存在は私だ
私の絶対的存在は彼だ
そこにロジックは存在しない

ここに座ると彼は何時も買ってきたジュースを私にくれる
甘い物は余り好きじゃない
だが私は彼のジュースを拒む事はしない
好きでも無いが嫌いでも無い

そして三人
彼と私と向いの男で何時もどおりの会話が始まる
ニューコム情勢
ゼネラル情勢
UPEO情勢
USEA情勢
近隣国の情勢
新型機
社内の話題
クルーの笑い話
そして一日は終わるはず

だが今日は終わらなかった
けたたましいブザーが鳴る

ブザーが鳴ると気分が滅入る
今日の当番は彼だからだ

静かに立ち上がると彼は私の頬に手を当てて言う

 「行ってくる」

私は彼を止める事は出来ない
止める必要も無い
私は彼を信じている
彼は私の元へ帰ってくる

何を心配する必要がある
何も無い
そして優しい冷たさが離れる

 大丈夫だから

もそもそとベッドに潜りこむ
だが寝つけない
寝つける訳が無い

彼の事は信用している
この中で一番のパイロット
私の教官

待っているのは傷ついた彼ではない
彼の異常を知らせる情報ではない

彼を
静かに彼を待つ

彼は私の期待を裏切らない



何分が経過しただろうか
暗闇の中で彼を待ち続けた

そして扉が開いた
廊下の明かりが室内へ差し込み人影が出来る
足を進めた人影に合わせて扉は閉まり暗闇へと戻った

帰ってきた
何時もどおりに私の元へ帰ってくる

近づき足を止めた
私が起きている事を知っている
だが彼が口を開く事は無い

決して作戦の後は口を開かない
無用な心配をさせないために
それが彼の優しさでもある

冷たい手を額に置く
冷たい手が頬を撫でる
そして冷たい手が服の中へと忍び込む

気持ちの良い冷たい手は腹部へ
コソコソと動き回った後
人差し指が文字を綴る


 た  だ  い  ま     お  や  す  み


私は笑顔で彼の顔を覗きこんだ
彼も笑顔で私の顔を覗き込む

それから彼は静かに額へキスしてくれる
ほんの数秒かもしれない
だが私達に取ったら永遠も及ばない絶対の空間

そして私は夢の中へ

ニューコム空軍所属の空中母艦ネイキッドは今日も平和だった

CAN電池さん
01.20.AM 更新